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東京地方裁判所 平成9年(ワ)21812号 判決 1999年8月24日

原告

川村正

右訴訟代理人弁護士

伊東良德

被告

平和自動車交通株式会社

右代表者代表取締役

杉田茂

右訴訟代理人弁護士

髙村民昭

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  主位的請求

1  原告が被告のハイヤー乗務員たる従業員の地位にあることを確認する。

2  被告は、原告に対し、次の各金員を支払え。

(一) 金二一九万三九一〇円及びこれに対する平成九年一二月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員

(二) 金六二三万七八四四円並びに内金三六万六九三二円に対する平成一〇年一月二六日から、内金三六万六九三二円に対する同年二月二六日から、内金三六万六九三二円に対する同年三月二六日から、内金三六万六九三二円に対する同年四月二六日から、内金三六万六九三二円に対する同年五月二六日から、内金三六万六九三二円に対する同年六月二六日から、内金三六万六九三二円に対する同年七月二六日から、内金三六万六九三二円に対する同年八月二六日から、内金三六万六九三二円に対する同年九月二六日から、内金三六万六九三二円に対する同年一〇月二六日から、内金三六万六九三二円に対する同年一一月二六日から、内金三六万六九三二円に対する同年一二月二六日から、内金三六万六九三二円に対する平成一一年一月二六日から、内金三六万六九三二円に対する同年二月二六日から、内金三六万六九三二円に対する同年三月二六日から、内金三六万六九三二円に対する同年四月二六日から、及び内金三六万六九三二円に対する同年五月二六日から各支払済みまで年五分の割合による金員

(三) 平成一一年六月二五日限り金三六万六九三二円及びこれに対する同年六月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員、同年七月二五日限り金三六万六九三二円及びこれに対する同年七月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員、同年八月二五日限り金三六万六九三二円及びこれに対する同年八月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員、同年九月二五日限り金三六万六九三二円及びこれに対する同年九月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員、並びに同年一〇月一五日限り金一八万六四六六円及びこれに対する同年一〇月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員

二  予備的請求

被告は、原告に対し、金一二一九万一二六七円及びこれに対する平成八年四月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告のハイヤー乗務員であった原告が、被告から、ハイヤーの顧客(得意先)とのトラブルを理由として整備工見習いへの職種変更を命ぜられ、改めて職種を整備工見習いとする労働契約書に署名捺印して整備工見習いとしての職務に従事し、六〇歳到達により、自動車修理工員の定年六〇歳の適用を受けるとして定年退職の扱いを受けた(ハイヤー乗務員の定年は六二歳)が、ハイヤー乗務員から整備工見習いへの職種変更については労働者本人の同意を要するところ、原告が右労働契約書に署名捺印したのは、被告の喜田孝太郎常務取締役(以下「喜田常務」という。)が、原告に対し、「整備工場の見習いしかない、それがいやなら解雇する」旨告げ、本来解雇すべき理由がないにもかかわらず、これがあるもののように装い、原告をして整備工見習いを選ぶほかないものと誤信させ、かつ、原告を畏怖させて、職種変更について原告に同意する旨の意思表示をさせたためである等と主張して、主位的に原告が被告のハイヤー乗務員たる従業員の地位にあることの確認並びにハイヤー乗務員の賃金と整備工見習いとして受領した賃金との差額及び六〇歳到達後のハイヤー乗務員としての賃金等の支払を請求し、予備的に不法行為による損害賠償として、右賃金差額相当額、賃金相当額、慰謝料及び弁護士費用等の支払を請求する事案である。

一  争いのない事実等(争いのない事実のほか、証拠により認定した事実を含む。認定の根拠とした証拠は各項の末尾に挙示する。なお、争いのない事実であっても、便宜書証を各項の末尾に掲げることがある。)

1  被告

被告は、一般乗用旅客自動車運送事業等を目的とし、東京都内でタクシー、ハイヤー乗務員約三〇〇名を使用してタクシー及びハイヤーの営業を行っている株式会社である。被告の本社にはハイヤー部門及び管理部門が置かれ、江戸川営業所でタクシー営業及び車両整備が行われている。

2  原被告間の雇用契約

原告と被告とは、昭和五七年六月二八日、原告の業務の種類をハイヤー乗務員とする労働契約を締結し(以下「本件労働契約」という。)、同年七月からハイヤー乗務員として勤務し、毎月二五日に賃金の支払を受けていた。(<証拠略>(昭和五七年六月二八日付け原被告間の労働契約書))

3  平成八年四月一日に発生したハイヤーの顧客とのトラブル

平成八年四月一日、原告は、産経新聞東京本社社会部近藤豊和記者(以下「近藤記者」という。)を運送するため、午後四時三〇分ころ霞が関の農林水産省前で近藤記者を乗車させて虎ノ門交差点付近に至り、同交差点付近から東京地裁周辺に向けて走り、法務省前、千駄ケ谷、神楽坂に行き、祖師谷大蔵を経て、同日深夜多摩にある近藤記者の自宅まで近藤記者を運送して業務を終えた。右のとおり虎ノ門交差点付近から東京地裁周辺に向けて走行中、原告と近藤記者とは口論となり、原告は、道路脇に車をとめ、運転できないとして近藤記者に下車を求めた(以下「本件トラブル」という。)。その後口論は収まり、原告は、右のとおり近藤記者を運送した。

(<証拠・人証略>)

4  職種変更処分

被告は、平成八年四月九日、原告に対し、口頭で整備工見習いへの職種変更を告知し、同月一七日、「賞罰委員会の決定により、乗務員として不適格者として下記の通り職種変更を命ずる。記 江戸川営業所 整備工見習い平成八年四月一七日付」と記載された、整備工見習いへの職種変更を命ずる辞令(<証拠略>)を交付して職種変更処分を行った(以下「本件職種変更処分」という。)。原告は、右辞令を受けるとともに、職種を整備工見習いとする労働契約書(<証拠略>)に署名捺印した。(<証拠略>)

5  定年

原告は平成九年一〇月一五日六〇歳に到達した。自動車修理工員の定年は六〇歳であり、被告は同日原告を定年退職させた。ハイヤー乗務員の定年は六二歳である。

6  原告が本件職種変更処分の前後各一年間に支払を受けた賃金の総支給額は次のとおりである。

(一) 本件職種変更処分前一年間 合計金四四〇万三一九五円

平成七年四月 三〇万〇七〇九円

同年五月 三〇万一〇七六円

同年六月 三二万三一三六円

夏季賞与 四三万一一〇二円

同年七月 二八万四四一五円

同年八月 二三万二二四四円

同年九月 二六万四〇四六円

同年一〇月 二八万五四八六円

同年一一月 三一万五一七二円

同年一二月 三一万九七七四円

冬季賞与 四五万九〇二〇円

平成八年一月 二八万二七六八円

同年二月 三〇万二一三一円

同年三月 三〇万二一一六円

(二) 本件職種変更処分後一年間 合計金三五二万七八二三円

平成八年四月 二一万五四七九円

同年五月 二四万八八六四円

同年六月 二四万〇四一四円

夏季賞与 三五万五三四〇円

同年七月 二四万〇四一四円

同年八月 二四万〇四一四円

同年九月 二四万〇四一四円

同年一〇月 二四万〇四一四円

同年一一月 二四万〇四一四円

同年一二月 二四万〇四一四円

冬季賞与 三〇万円

平成九年一月 二四万四四一四円

同年二月 二四万〇四一四円

同年三月 二四万〇四一四円

二  争点

1  本件職種変更処分についての原告の同意の有無(後記抗弁1)

2  本件職種変更処分についての原告の同意に関する詐欺、強迫、錯誤の有無(後記再抗弁1)

被告の喜田常務は、原告に対し、「整備工場の見習いしかない、それがいやなら解雇する」旨告げ、本来解雇すべき理由がないにもかかわらず、これがあるもののように装い、原告をして整備工見習いを選ぶほかないものと誤信させ、又は原告を畏怖させて、職種変更について原告に同意させたか否か。また、右同意は原告の錯誤によるものか否か。

3  被告は、原告の有効な同意なくして本件職種変更処分をすることができたか(後記抗弁2)。

(一) 原告と被告とは、本件労働契約において、被告が業務の都合により原告の業務の種類を変更することがあることを合意したか否か。

(二) 被告は、就業規則(ハイヤー・タクシー従業員に適用のあるもの。)一九条の「会社は業務の必要により従業員に職務、職種、勤務地等の異動を命ずることがある。この場合正当な理由がなくこれを拒否することはできない。」という規定に基づき、原告の同意なくして本件職種変更処分をすることができたか。

(三) 本件職種変更処分の必要性

4  人事権の濫用の有無(後記再抗弁2)

(一) 本件職種変更処分の必要性の程度

(二) 労働者側に生じる不利益の程度

(三) 本件職種変更処分の目的(他事考慮の有無)

(四) 他の事例との不均衡(平等原則違反)の有無

(五) 手続上の問題点の有無

5  損害発生の有無及び金額(後記請求の原因5(三))

第三当事者の主張

一  請求の原因

1  原被告間の雇用契約等

第二、一(「争いのない事実等」)、2(原被告間の雇用契約)、3(平成八年四月一日に発生したハイヤーの顧客とのトラブル)、4(職種変更処分)及び5(定年)のとおり。

2 被告の責めに帰すべき事由による労務遂行債務の履行不能(民法五三六条二項)及び地位確認請求の確認の利益を基礎付ける事実

原被告間では右のとおり原告の業務の職種をハイヤー乗務員とする職種限定の合意がされているから、職種の変更は原告の同意がなければすることができない。原告は本件職種変更処分に同意していないから、本件職種変更処分は無効である。しかるに、被告は、原告に対し、本件職種変更処分を命じ、自動車修理工員としての業務(実際には車庫内の清掃、車のエアコンのフィルターの掃除、「消毒済み」のはんこ押し、喜田常務の車の洗車等の雑用)に従事させ、ハイヤー乗務員としての就労を事前に拒否する意思を明確にした。また、被告は、自動車修理工員の定年が六〇歳であることを理由に、平成九年一〇月一五日原告を定年退職させ、原告のハイヤー乗務員としての就労を事前に拒否する意思を明確にし、原告がハイヤー乗務員としての従業員の地位にあることを争っている。

3 ハイヤー乗務員としての賃金額

原告の本件職種変更処分前一年間の賃金の総支給額は、第二、一(「争いのない事実等」)、6(一)のとおり、合計金四四〇万三一九五円であるから、一箇月当たりの賃金額は三六万六九三二円となる。

4 賃金請求(民法五三六条二項)

(一)  しかるに、被告は、本件職種変更処分後は、第二、一(「争いのない事実等」)6(二)のとおり、一年間で合計金三五二万七八二三円しか支払わなかったから、ハイヤー乗務員としての賃金額との差額は、年額で八七万五三七二円、月額で七万二九四七円であり、平成九年一〇月一五日までの合計額は一二七万六五八〇円となる。

(二)  原告は、平成九年一〇月一五日に六〇歳に到達した後も、ハイヤー乗務員としてその定年となる平成一一年一〇月一五日までの間は3の割合の金額による賃金の支払を受けることができる。

5 予備的請求(不法行為による損害賠償請求)

(一)  被告の故意による加害行為

被告は、原告が本件職種変更処分に同意していないこと、原告が十数年にわたり何ら問題なくハイヤー乗務員としての業務を遂行してきており、本件トラブルに関してもハイヤーの顧客(得意先)が原告をハイヤー乗務員から外すように求めていないこと、及び被告の自動車修理工場においても人員が不足していたわけではなく、原告に自動車整備の資格も能力もないから、整備工見習いへの職種変更を命じる業務上の必要性がなく、人選の合理性がなかったこと、以上の事実を知っていたにもかかわらず、本件トラブルを理由に原告に対して本件職種変更処分をしたものである。

(二)  被告の過失による加害行為

被告は、原告に弁解の機会を与えない等十分な調査、意向確認を行わなかったために、原告が本件職種変更処分に同意していないことを看過し、本件トラブルに関してもハイヤーの顧客(得意先)が原告をハイヤー乗務員から外すように求めておらず、本件職種変更処分に業務上の必要性がないことを看過して、本件職種変更処分をしたのであるから、その判断には過失があった。

(三)  損害

被告は、右故意又は過失により原告に次の損害を与えたものであるから、不法行為による損害賠償責任を免れない。

(1)  原告は、被告の右不法行為により、前記賃金差額相当額一二七万六五八〇円及び定年短縮による賃金相当額八八〇万六三九〇円の損害を受けた。

(2)  原告は、被告の右不法行為により、ハイヤー乗務員としての技能を生かすことができず、特段の知識・経験のない自動車整備工としての勤務を命じられ、しかも、実際には雑用にのみ従事させられるという仕事上の不利益を受け、仕事をする喜びを奪われ、ハイヤー乗務員として不適格者であるとの烙印を押されて強い屈辱感を味わった。原告の受けた精神的苦痛に対する慰謝料は一〇〇万円を下回らない。

(3)  原告は、原告訴訟代理人に本件訴訟の提起・追行を委任した。これによる弁護士費用一一〇万八二九七円が被告の不法行為と相当因果関係のある損害である。

6 よって、原告は、被告に対し、次のとおり、主位的に本件労働契約に基づき、及び予備的に不法行為による損害賠償請求権に基づき、地位確認及び賃金等の支払又は損害金の支払を求める。

(一)  主位的に、被告のハイヤー乗務員たる従業員の地位にあることの確認並びに次のとおり賃金及び遅延損害金の支払を求める。

(1)  本件職種変更処分から六〇歳到達の日である平成九年一〇月一五日までの間のハイヤー乗務員の平均賃金と整備工見習いとして受領した賃金との差額合計金一二七万六五八〇円及び平成九年一〇月一六日から同年一二月三一日までの間のハイヤー乗務員としての賃金合計金九一万七三三〇円、以上合計金二一九万三九一〇円並びにこれに対する平成九年一二月二六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金

(2)  平成一〇年一月一日以降ハイヤー乗務員としての定年となる平成一一年一〇月一五日までの間のハイヤー乗務員としての賃金として、

ア そのうち、口頭弁論終結までに弁済期の到来した分の合計金六二三万七八四四円並びに第一、一記載のとおり、内金各三六万六九三二円に対する毎月の弁済期の翌日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金

イ 右賃金のうち、口頭弁論終結後に弁済期の到来する分として平成一一年六月二五日限り金三六万六九三二円及びこれに対する同年六月二六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金、同年七月二五日限り金三六万六九三二円及びこれに対する同年七月二六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金、同年八月二五日限り金三六万六九三二円及びこれに対する同年八月二六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金、同年九月二五日限り金三六万六九三二円及びこれに対する同年九月二六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金、並びに同年一〇月一五日限り金一八万六四六六円及びこれに対する同年一〇月一六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金

(二)  予備的に、不法行為による損害賠償として、前記賃金差額相当額一二七万六五八〇円、定年短縮に係る賃金相当額八八〇万六三九〇円、慰謝料一〇〇万円及び弁護士費用一一〇万八二九七円、以上合計金一二一九万一二六七円並びにこれに対する平成八年四月一七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二 請求の原因に対する認否

1  請求の原因1の事実は認める。

2  同2の事実のうち、本件労働契約で原告の業務の種類をハイヤー乗務員とする合意がされたことは認め、この合意により、被告は原告の同意がない限りその職種を変更することができず、本件職種変更処分が無効であるとの主張は争う。また、被告が、原告に対し、自動車修理工員としての業務として実際には車庫内の清掃、車のエアコンのフィルターの掃除、「消毒済み」のはんこ押し、喜田常務の車の洗車等の雑用に従事させたことは否認し、被告が平成九年一〇月一五月原告を定年退職させたこと及び被告が原告のハイヤー乗務員としての従業員の地位にあることを争っていることは認め、同2のその余の主張は争う。

3  同3の事実は認める。

4  同4(一)の事実のうち、被告が、原告に対し、本件職種変更処分後は、第二、一(「争いのない事実等」)6(二)のとおり、一年間で合計金三五二万七八二三円を支払ったこと、ハイヤー乗務員としての賃金額との差額を、計数上、年額で八七万五三七二円、月額で七万二九四七円、平成九年一〇月一五日までの合計額が一二七万六五八〇円となることは認める。

(二)の事実のうち、原告が平成九年一〇月一五日に六〇歳に到達したことは認め、原告がその後も、ハイヤー乗務員としてその定年となる平成一一年一〇月一五日までの間は3の金額による賃金の支払を受けることができる旨の主張は争う。

5  同5(一)の事実のうち、原告に自動車整備の資格・経験がないこと、被告が本件トラブルを理由に原告に対して本件職種変更処分をしたことは認め、その余の事実は否認する。

同5(二)の事実(被告が、原告に弁解の機会を与えない等十分な調査、意向確認を行わなかったために、原告が本件職種変更処分に同意していないことを看過し、本件トラブルに関してもハイヤーの顧客(得意先)が原告をハイヤー乗務員から外すように求めておらず、本件職種変更処分に業務上の必要性がないことを看過して、本件職種変更処分をしたこと)は否認し、被告の判断に過失があった旨の主張は争う。

同5(三)(1)は争う。

同5(三)(2)の事実(原告が、被告の不法行為により、ハイヤー乗務員としての技能を生かすことができず、特段の知識・経験のない自動車整備工としての勤務を命じられ、しかも、実際には雑用にのみ従事させられるという仕事上の不利益を受け、仕事をする喜びを奪われ、ハイヤー乗務員として不適格者であるとの烙印を押されて強い屈辱感を味わったこと)は否認し、原告の受けた精神的苦痛に対する慰謝料が一〇〇万円を下回らない旨の主張は争う。

同5(三)(3)の事実(原告が原告訴訟代理人に本件訴訟の提起・追行を委任したこと)は認め、これによる弁護士費用一一〇万八二九七円が被告の不法行為と相当因果関係のある損害である旨の主張は争う。

6  同6は争う。

三 抗弁

1  原告の同意

(一)  原告は、平成八年四月一七日、本件職種変更処分に同意した。

(二)  右同意を裏付ける事実は次のとおりである。

(1)  原告は、平成八年四月一日、被告本社ハイヤー営業所の一番大切な顧客である産経新聞東京本社社会部の近藤記者との間で本件トラブルを起こした。原告は、虎ノ門交差点付近から東京地裁周辺に向けて走行中、近藤記者と激しく口論し、烈火のごとく怒って近藤記者に車から降りろと怒鳴り、車をとめ、近藤記者の胸倉をつかんで車から引きずり降ろそうとしたか、少なくとも小競り合い的な暴力行為をした。近藤記者が謝罪するような態度を取ったので、原告も何とか収まった。

(2)  本件トラブルの後、近藤記者は、産経新聞東京本社自動車課の担当者に対し、「トラブルを思い出すと、気分が悪くなり、仕事もうまく行かなくなる。相手の運転手(原告)も嫌な思いをするだろうから、私のところには原告運転のハイヤーを配車しないでほしい。」と求めた。そこで、産経新聞東京本社自動車課の担当者から被告に対し、以後原告の運転するハイヤーは産経新聞東京本社に全面的によこさないでもらいたい旨の強い申入れがあり、被告のハイヤーの利用を打ち切るかもしれないような態度が示された。

(3)  原告は、同月六日、被告に対し、本件トラブルに関する報告書を提出したが、その内容が被告の調査した結果と異なるので、被告が事実関係を問いただすと、原告は、自己に都合が悪い事項については、「頭が真っ白になって分からない」等と述べて、説明を拒否した。

(4)  原告は、ハイヤー乗務員であるから、被告本社と定期的な旅客運送契約を結んでおり、ハイヤー営業所の一番大切な顧客である産経新聞東京本社社会部の近藤記者に対し、急停車させて「降りろ」と怒鳴って運送を拒否する態度を示したり、こともあろうに暴力行為に及ぶことは、絶対にあってはならないことである。近藤記者がある程度の理不尽なことを言っても、原告はこれに耐えなければならない。しかるに、原告が(1)の言動に及んだため、被告は、原告がハイヤー又はタクシーの乗務員として不適格であると判断し、原告を賞罰委員会の議にかけた。賞罰委員会は、平成八年四月九日、本来ならば原告を解雇処分にすべきであるが、それを減ずる趣旨で、「原告を乗務員としては不適格者とし、職種変更をする」旨決定した。そこで、被告は、本件職種変更処分をし、平和自交労働組合はこれを承認した。

(5)  以上のとおり、原告は、ハイヤー営業所の一番大切な顧客との間で重大なトラブルを起こしたのであり、本来ならば解雇されてもやむを得なかったのであるから、それを減じる趣旨でされた本件職種変更処分に同意する十分な理由があった。そこで、原告は、平成八年四月一七日付け労働契約書(<証拠略>)に署名捺印した。なお、原告は、本件職種変更処分後、被告の喜田常務及びハイヤー部の松本邦夫所長(以下「松本所長」という。)に対し、解雇されたら裁判をしようと思ったが、そうでなかったのでその必要がなくなったと漏らしている。

2 本件労働契約における特約に基づく被告の権限行使による職種変更

(一)  本件労働契約における特約

原告と被告とは、本件労働契約において、原告の業務の種類をハイヤー乗務員とするとともに、被告が業務の都合により原告の業務の種類を変更することがあることを合意した。

(二)  就業規則に基づく被告の権限行使による職種変更

被告の就業規則(ハイヤー・タクシー従業員に適用のあるもの。)一九条は、「会社は業務の必要により従業員に職務、職種、勤務地等の異動を命ずることがある。この場合正当な理由がなくこれを拒否することはできない。」と規定している。

(三)  本件職種変更処分の必要性

抗弁1(二)(1)から(3)までのとおりである。

(四)  労働協約の規定する協議条項等による被告の権限行使適正の確保

(1)  被告のハイヤー及びタクシー乗務員が結成した平和自交労働組合は、被告との間で労働協約を締結している。同協約一三条は、「会社は配置転換、解雇、その他組合員の人事に関しては予め組合と協議して公正なる決定をする。」と規定し、一七条及び一八条は、「組合員が左の一に該当するときは会社は賞罰委員会においてこれを懲戒する。」及び「賞罰委員会の構成は会社側、組合側各同数の委員を以て構成し賞罰に関し規則の適用及賞罰の程度について審議する。議決は出席委員の過半数を以て成立する。」と規定している。

(2)  原告は、本件職種変更処分当時平和自交労働組合の組合員であった。

(3)  抗弁1(二)(4)のとおりである。

四 抗弁に対する認否

1(一) 抗弁1(一)の事実は否認する。

(二) 同1(二)(1)の事実のうち、原告が、平成八年四月一日、産経新聞東京本社社会部の近藤記者との間で本件トラブルを起こしたこと、虎ノ門交差点付近から東京地裁周辺に向けて走行中、原告と近藤記者とが口論したこと、近藤記者が謝罪するような態度を取ったことは認め、産経新聞東京本社が被告本社ハイヤー営業所の一番大切な顧客であることは知らない。その余の事実は否認する。取り分け、原告が近藤記者の胸倉をつかんで車から引きずり降ろそうとしたという主張は明らかに事実に反する。原告は口論の間運転席に座ったままで対応していた。原告の手が近藤記者の身体に接触したとしても、原告が意識的に暴力を加えたわけではない。また、近藤記者は、ユー・ターン禁止区域においてユー・ターンを求め、自ら社旗を外しながら、「社旗を取られたのを知らないで運転して、社旗を取られたらどうなるか知っているか。」と発言し、原告が喫煙しないのに、「さっきタバコを吸って何やってたんだ。」と発言した。取り分け、社旗に関する発言は、近藤記者が自ら社旗を外して車内に置いていたのに、あたかも原告に問題があるかのように述べる言い掛かり的な発言であり、近藤記者が原告に対して意図的な嫌がらせをしているものである。このように、口論に関しては、近藤記者に相当な落度があった。

同1(二)(2)の事実は否認する。産経新聞東京本社自動車課の担当者は、少なくとも本件トラブルの当日には、本件トラブルを重要視しておらず、同自動車課側で原告が近藤記者と当たらないように配車することで解決する意向を示していた。近藤記者も、同自動車課に対し、「私のところには原告運転のハイヤーを配車しないでほしい。」と述べたようであるが、産経新聞東京本社に原告運転のハイヤーをよこすな等とは要求していない。(証拠略)の記載及び証人喜田孝太郎の供述中には、同自動車課が、被告に対し、以後原告の運転するハイヤーは産経新聞東京本社に全面的によこさないでもらいたい旨申し入れたことがあったとの被告の主張に沿う部分があるが、その時期は、本件トラブルから二日後の平成八年四月三日であり、しかも、被告の松本所長が自主的に同自動車課を訪れた際に初めてそのような申入れがされたというのであって、これらの事実は、同自動車課がそれほど本件トラブルを重大視していなかったことを推認させる。被告のハイヤーの利用を打ち切るかもしれないような態度が示されたとの被告の主張に沿う証人喜田孝太郎の供述は、信用できない。

同1(二)(3)の事実のうち、原告が平成八年四月六日被告に対し本件トラブルに関する報告書を提出したことは認め、その余の事実は否認する。原告は、同年四月一日、帰社後、松本所長に対し、本件トラブルについて口頭で簡単な報告をした。原告が本件トラブルについて松本所長以外の被告従業員又は役員と話をしたのは、同年四月九日に本件職種変更処分を口頭で告知された際に、告知後に喜田常務らから、事実関係がどうだったのかと聞かれたのが初めてである。その際に、原告が、口論時の詳しいやりとりについて覚えていない旨述べたことはあるが、自己に都合が悪い事項について説明を拒否したものではない。

同1(二)(4)の事実のうち、原告が(1)の言動に及んだとの点については(1)についての認否のとおりである。その余の事実は知らない。

同1(二)(5)の事実のうち、原告が平成八年四月一七日付け労働契約書(<証拠略>)に署名捺印したことは認め、その余の事実は否認し、原告が本来ならば解雇されてもやむを得なかったとの主張及び解雇を減じる趣旨でされた本件職種変更処分に同意する十分な理由があったとの主張は争う。なお、原告が、本件職種変更処分後、被告の喜田常務及びハイヤー部の松本所長に対し、「解雇されたら裁判をしようと思ったが、そうでなかったのでその必要がなくなった」と漏らしたことはないが、仮にそのような事実が存したとしても、それは、直ちに裁判までは起こさないという表明に過ぎないし、それも、かつて、解雇まであり得ると告知された影響下での発言であり、本件職種変更処分についての同意とは評価できないというべきである。

2(一) 同2(一)の事実のうち、原告と被告とが、本件労働契約において、被告が業務の都合により原告の業務の種類を変更することがあることを合意したことは否認する。原告は、採用の際に職種変更についての説明を受けておらず、就業規則も見せられていない。昭和五七年六月二八日付け原被告間の労働契約書(<証拠略>)については、採用の際に、他のいくつかの書類と共に署名押印するようにと言われて署名したものであり、当時原告は内容を十分読んでいない。

(二) 同2(二)(就業規則に基づく被告の権限行使による職種変更)の事実は認めるが、これが本件職種変更処分の法的根拠となる旨の主張は争う。被告においては、ハイヤー及びタクシー従業員と事務職員及び自動車修理工員とは就業規則も別立てになっており、ハイヤー及びタクシー従業員を自動車修理工員とする慣行も前例もないことからして、就業規則にいう「職種(中略)の異動」は、タクシー乗務員とハイヤー乗務員の間の異動を想定しているものと解すべきである。

(三)  同2(三)(本件職種変更処分の必要性)に対する認否は、同1(二)(1)から(3)までに対する認否のとおりである。サービス業であるハイヤー運転手と顧客との間でトラブルが生じた場合、業務上、何らかの措置を執るべき必要があること自体は、原告も否定しない。まず、求められるべきは、松本所長が原告を同道して近藤記者に謝罪に行き、当人同士の信頼関係を回復することであったと思われるが、被告がそのようなことを試みようともしなかったことは遺憾である。それはさておき、謝罪により当人同士の信頼関係が回復されなかった以上、顧客側の事情としては、近藤記者と原告とを少なくとも当分の間隔離する必要があると考えられる。しかし、産経新聞東京本社のハイヤーの配車先は、社会部司法記者クラブに限らず、警視庁記者クラブや芸能部等様々であり、同自動車課において配車先を調整することは可能であったから、原告運転のハイヤーを産経新聞東京本社に派遣しないという措置まで必要とはいえない。仮に、同自動車課が原告運転のハイヤーを一切派遣しないよう求めたとしても、被告のハイヤー業務は、むしろ冠婚葬祭の方が中心であるから、原告にハイヤー乗務員の職務を遂行させることは可能であった。また、産経新聞東京本社に派遣できないハイヤー乗務員を置くことが被告の業務に何らかの支障を来すとすれば、原告の職種をタクシー乗務員に変更すれば足りたはずである。本件トラブルは、少なくとも原告が意識的な暴行を働いたわけではなく、近藤記者にも相当の落度があったから、原告がそれまで一三年間に及ぶハイヤー乗務の中で顧客とトラブルを起こしたことがなく、それ以外にも特段問題を起こしていないことからすれば、本件トラブルの一事をもって原告がハイヤー乗務員(又はタクシー乗務員)としての適性を欠くということはできない。

(四)  同2(四)(労働協約の規定する協議条項等による被告の権限行使適正の確保)(1)及び(2)の事実は認める。(3)の事実は知らない。

五 再抗弁

1  職種変更についての原告の同意に関する詐欺、強迫、錯誤

(一)(1)  被告の喜田常務は、原告に対し、「整備工場の見習いしかない、それがいやなら解雇する」旨告げ、本来解雇すべき理由がないにもかかわらず、これがあるもののように装い、原告をして整備工見習いを選ぶほかないものと誤信させ、かつ、原告を畏怖させて、職種変更について原告に同意する旨の意思表示をさせた。

本来解雇事由がないのに解雇に相当する旨告知されたことが動機となって退職願いを提出した事案について、労働者が退職願いを出さなければ解雇されると考えたことが錯誤に当たり、雇用主が、右の事情を把握していた場合には、その動機は表示されていたとして、退職の意思表示は要素の錯誤があり無効とされたり(函館地裁昭和四七年七月一九日判決、判例タイムズ二八二号二六三頁)、雇用主が解雇もあり得ることを告知することが強迫行為に当たり、退職の意思表示は取り消し得るとされたりしている(福岡地裁昭和五二年二月四日判決、判例時報八八〇号九三頁)。このように、会社側が解雇があり得ることを示すことは、労働者側において積極的に退職願いを提出した事例においても、錯誤、強迫となり得るものであり、本件のように書面に署名捺印することを求められて受動的に応じた場合には、なおさら、錯誤無効、強迫による取消しを認めるべきである。

(2) よって、原告は、原告の右同意が被告の詐欺又は強迫によるものであることを理由に、平成一〇年二月二六日の本件弁論準備手続期日において右同意を取り消す旨の意思表示をした。

(二)(1)  (一)(1)とおりである。

(2) よって、原告の右同意は、原告の錯誤によるものであるから、無効である。

2 人事権の濫用

(一)  本件職種変更処分の必要性が乏しかったこと

前記のとおり、本件トラブルは、少なくとも原告が意識的な暴行を働いたわけではない。また、産経新聞東京本社のハイヤーの配車先は、社会部司法記者クラブに限らず、警視庁記者クラブや芸能部等様々であり、同自動車課において配車先を調整することは可能であったから、原告運転のハイヤーを産経新聞東京本社に派遣しないという措置まで必要とはいえない。仮に、同自動車課が原告運転のハイヤーを一切派遣しないよう求めたとしても、被告のハイヤー業務は、むしろ冠婚葬祭の方が中心であるから、原告にハイヤー乗務員の職務を遂行させることは可能であった。産経新聞東京本社に派遣できないハイヤー乗務員を置くことが被告の業務に何らかの支障を来すとすれば、原告の職種をタクシー乗務員に変更すれば足りたはずである。以上によれば、本件職種変更処分の業務上の必要性は乏しかった。

(二)  労働者側に生じる不利益

請求の原因5(三)(1)及び(2)のとおりである。

(三)  本件職種変更処分の目的(他事考慮)

被告は、なれ合いを好まずはっきりものを言うタイプの原告が、平和自交労働組合の選挙で執行委員に当選し(平和自交労働組合執行部は、被告と癒着している西山委員長と同調しない原告の当選に動揺し、あれこれと理由を付けて原告を職場委員とした。)、被告との交渉上の地位を得たことを嫌い、本件トラブルにしゃ口して、自動車整備の経験がない原告をあえて自動車整備工見習いとすることで原告に嫌がらせを行い、原告を退職に追い込むことを目的として本件職種変更処分を行ったものである。

(四)  他の事例との不均衡(平等原則違反)

被告のハイヤー乗務員で産経新聞東京本社とのトラブルを起こした者がいたが、タクシー乗務員への一定期間の職種変更で済ませ、ハイヤー乗務員に復帰させた。前例としては、平成九年春にも、他社のハイヤー乗務員とけんかになり、駆け付けた警察官を殴って公務執行妨害で逮捕された略式命令を受けた事例があったが、当該乗務員については、一出番の乗務停止処分がされたにとどまった。乗務員証もタコメーターもなく勝手に営業したという行政処分の対象となりかねない行為についても短期間の乗務停止処分で済ませている。これらと比較すると、原告に対する本件職種変更処分は重すぎる。

(五)  手続上の問題点

被告は、本件職種変更処分をするに際し、ハイヤー乗務員から自動車整備工見習いに職種を変更するという極めて重大な処分であるにもかかわらず、原告に弁解の機会を与えることなく、極めて短期間のうちに決定した。すなわち、原告は、松本所長に対し、平成八年四月一日、口頭で本件トラブルに関して報告し、同月六日、本件トラブルに関する報告書を提出したが、被告は、その後同月九日までの間に、原告に対し、本件職種変更処分を行うことの予告や、それを前提としての弁解の聴取等を一切行わず、同月九日に至って口頭で本件職種変更処分を行うことを告知した。

六 再抗弁に対する認否

1  再抗弁1(職種変更についての原告の同意に関する詐欺、強迫、錯誤)(一)(1)及び(二)(1)の事実のうち、原告が本件職種変更処分に同意する旨の意思表示をしたことは認め、その余の事実は否認する。原告は、平成八年四月一七日付け労働契約書(<証拠略>)に自ら署名捺印したが、その場には平和自交労働組合の西山昌男委員長が同席して連帯保証人としてこれに署名捺印した。労働組合のトップが同席しての契約書作成に原告主張のような詐欺、強迫、錯誤があることはあり得ない。

(二)(2)は争う。

2  同2(人事権の濫用)(一)(本件職種変更処分の必要性が乏しかったこと)の事実のうち、本件トラブルが、少なくとも原告が意識的な暴行を働いたわけではないことは否認し、本件職種変更処分の業務上の必要性が乏しかった旨の主張は、その根拠として原告の主張する点を含めて争う。

同2(二)(労働者側に生じる不利益)に対する認否は、請求の原因5(三)(1)及び(2)の事実に対する認否と同一である。

同2(三)(本件職種変更処分の目的(他事考慮))の事実のうち、原告が、平和自交労働組合の選挙で執行委員に当選し、職場委員になったことは認め、原告の性格に関する事実を除き、その余の事実は否認する。被告には、原告が平和自交労働組合の執行委員になったことを嫌う理由は何も存在しない。

同2(四)(他の事例との不均衡(平等原則違反))の事実のうち、被告のタクシー乗務員が略式命令を受け、一出番の乗務停止処分を受けたことは認め、警察官を殴った公務執行妨害であることは否認する。原告に対する本件職種変更処分が重すぎる旨の主張は争う。

同2(五)(手続上の問題点)の事実のうち、原告が、松本所長に対し、平成八年四月一日口頭で本件トラブルに関して報告し、同月六日本件トラブルに関する報告書を提出したこと、被告が、原告に対し、同月九日に至り口頭で本件職種変更処分を行うことを告知したことは認め、その余の事実は否認する。

第四当裁判所の判断

一  職種限定の合意の有無と本件の争点の核心について

第二、一、2のとおり、本件労働契約において原告の業務の種類をハイヤー乗務員とすることが合意されており、(証拠略)、原告本人尋問の結果によれば、原告が乗務員として勤務するつもりで本件労働契約を締結したことが認められるが、他方、(証拠・人証略)によれば、昭和五四年一月一日に改定、実施された被告の就業規則(ハイヤー・タクシー従業員に適用のあるもの。(<証拠略>)には、「会社は業務の必要により行業員に職務、職種、勤務地等の異動を命ずることがある。この場合正当な理由がなくこれを拒否することはできない。」と規定されていること(一九条)、原被告間の昭和五七年六月二八日付け労働契約書<証拠略>)には、「但し業務の都合に依り社命で変更することがある」と記載されていること、被告では、タクシー乗務員、ハイヤー乗務員を事務職員に職種変更したり、自動車修理工員をタクシー乗務員に職種変更した例があること、以上の事実が認められ、これらの事実によれば、被告には、原告の同意がなくても、業務の都合により原告の業務の種類を変更する権限が留保されていたものと解するのが相当である。

もっとも、本件労働契約において職種限定の合意がされていたとしても、原告が本件職種変更処分に同意し、この同意を無効とするような意思と表示の不一致がないとすれば、本件職種変更処分は結局有効であるから、本件の争点の核心は、原告が本件職種変更処分に同意したか否か、同意したとしてその同意を無効とするような意思と表示の不一致があるか否かである。

予備的請求については、まず、本件職種変更処分が不法行為に該当するのはいかなる場合かが問題となるが、本件職種変更処分に原告が同意し、この同意を無効とするような意思と表示の不一致がないとすれば、被告の行為は違法な行為とはいえず、また、それに伴う賃金減少や精神的苦痛は原告が受忍すべきものと考えられるから、やはり予備的請求についても、前記の点が争点の核心となると考えられる。

予備的請求については、次に、本件職種変更処分に原告が有効に同意していないとすると、賃金請求権が発生し、損害が生じないのではないか(専ら賃金請求をすべきではないか)が問題となるが、この点は次のように解すべきである。すなわち、賃金請求するためには、使用者が労働者の就労を事前に拒否する意思を明確にしている場合であっても、労働者が客観的に就労する意思と能力とを有することを主張立証することを要すると解すべきである。労働者が客観的に就労する意思と能力とを有することを主張立証しないのであれば、賃金請求権は発生せず、損害が発生し得ることとなるから、故意・過失を主張立証して不法行為による損害賠償請求をすることができると考えられる。

なお、いわゆる請求権競合論を根拠に、両方の請求権が発生しており、不法行為による損害賠償請求をすることに問題はないと論ずることは相当ではない。このような見解は、賃金請求権のほかに不法行為による損害賠償請求権も成立するとすれば、賃金請求権と競合する関係に立つということを述べているに過ぎない。しかし、賃金請求権及び不法行為による損害賠償請求権の発生については、その要件事実の主張立証を要するのであり、不法行為による損害賠償請求権発生の要件としての損害のうち、賃金相当額の損害の発生要件について、前記の問題をどのように解すべきかが問われているのであるから、この問題に正面から答えなければならないというべきである。

原告の主位的請求については、原告は本件職種変更処分後、自動車修理工員の職務を遂行し、いずれハイヤー乗務員に復帰できることを希望していたものの、六〇歳の定年到達と同時に本件訴訟を提起するまで、被告に対し、ハイヤー乗務員としての履行の提供をした等の事実を認めるに足りる証拠はないから、原告がハイヤー乗務員として就労する意思を有していたことの主張立証はなく、原告の主位的請求中賃金請求は既にこの点において理由がないことになるが、審理の経過にかんがみ、争点の核心について判断していくことにする。

二  本件トラブルについて

1  第二、一(「争いのない事実等」)に証拠(<証拠・人証略>)を併せて考えれば、次の事実を認めることができる。

原告は、平成八年四月一日、産経新聞東京本社の車庫に入って待機していたが、午後三時五〇分ころ、産経新聞東京本社自動車課から配車伝票を受領し、社会部近藤記者を乗車させるため、午後四時三〇分ころ霞が関の農林水産省前に到着した。原告が農林水産省内の手洗から戻ると、近藤記者が車の横に立って原告を待っていた。原告は近藤記者を乗車させ、その指示に従い虎ノ門交差点付近に至った。近藤記者は、いったん下車したが、数分後に車に戻り、原告に対し、「急いでいるから、ユー・ターンしてくれ。」と求めた。しかし、原告は、ユー・ターン禁止区域なので、少し先の信号を左に曲がり、突き当たりを更に左に曲がって東京地裁周辺に戻ろうと考え、ユー・ターンせず、車を前に走らせて信号を左に曲がろうとしたが、信号が赤なので一時停車した。すると、近藤記者は、「客の言うことを聞かない。」と不満を述べた。原告が「そんなにかりかりすることでもないでしょう。」と言うと、近藤記者は、「社旗を取られたのも知らないで運転して、社旗を取られたらどうなるか知っているのか。」、「名前はなんていうんだ。」と言った。原告は、農林水産省前で近藤記者を乗車させたときに、後部座席に産経新聞社の社旗が置いてあったので、近藤記者が外したことに気が付いており、近藤記者が自分で社旗を外しながら、原告をとがめようとしていることを心外に思った。さらに、近藤記者は、「さっきタバコを吸って、何やってたんだ。」と発言した。これは、原告が農林水産省前で、停車させていた車に戻ってくる際に、近藤記者が、原告が足踏みするような動作をしたものと見て、これをタバコの吸い殻を足で消しているのと勘違いしたためであった。原告が、「私はタバコを吸いませんよ。本当に私ですか。」と聞き返すと、近藤記者は「そうだ。」と答えた。ここに至って原告は、近藤記者が右のように自分で社旗を外しながら原告をとがめようとしたり、原告に喫煙の習慣がないのにタバコを吸っていたと言い張っていることから、近藤記者が言い掛かりを付けようとしていると受け止めて憤激し、車を左の道路脇に止めて、「近藤、降りろ、もう我慢できない。」等と、興奮して怒鳴った。近藤記者は、原告の興奮ぶりに驚き、また、待ち合わせてハイヤーに同乗させる知人のことが気になり、原告に謝罪し、気を取り直して運転してくれるよう再三にわたって頼んだ。近藤記者は、後部座席左側から身を乗り出して原告に右のとおり頼んだが、原告は、近藤記者の方に左手を延ばして近藤記者のネクタイをつかんだため、近藤記者は引っ張られた。原告は、少し気が静まったので、近藤記者が、法務省へ行ってくれるよう原告になおも頼むと、近藤記者に産経新聞東京本社自動車課に電話をかけさせ、「運転手を怒らせてしまった。」と言わせた後、電話を代わり、同自動車課担当者の求めに応じ、取りあえず千駄ケ谷まで行くことを了承した。原告は、法務省前まで車を走らせ、近藤記者の知人を待っている間に落ち着きを取り戻し、近藤記者が「千駄ケ谷から他の車に乗り換えるのも大変だし、その次神楽坂に行くのでそこまで行ってくれないか。」と頼んできたので、「いいですよ。仕事はしますよ。」と答えた。法務省前で近藤記者の知人を同乗させ、千駄ケ谷、神楽坂の順に行き、祖師谷大蔵を経て同日深夜多摩にある近藤記者の自宅まで近藤記者を運送し、伝票にサインをもらって業務を終えた。

原告は、通常ならばそのまま被告の車庫に戻るところであったが、この日は本件トラブルがあったので、産経新聞東京本社自動車課に立ち寄り、同課の鈴木に自分の立場から本件トラブルを説明したが、自分が前記のとおり興奮して怒鳴ったことはそのまま再現するようには話さず、近藤記者のネクタイをつかんだことも話さなかった。鈴木は、原告の話を聞き、当分の間近藤記者には他の者を回し、原告には別の記者を当てるようにする等と述べ、原告は帰社した。

近藤記者は、同年四月四日ころ、被告のハイヤーの別の運転手(木村岳)の運転する車に乗車中、聞かれるままに本件トラブルについて話をし、自分が言い過ぎたことを認めるとともに、原告が大声を上げて下車を要求し、近藤記者のネクタイをつかんだ旨を述べた。また、近藤記者は、そのころ、産経新聞東京本社自動車課の担当者に対し、「トラブルのことを思い出すと、気分が悪くなり、仕事もうまくいかなくなる。相手の運転手(原告)も嫌な思いをするだろうから、私のところには原告運転のハイヤーを配車しないで欲しい」と求めた。

2  右認定に対し、原告は、「近藤、降りろ、もう我慢できない。」等と興奮して怒鳴ったこと、近藤記者が後部座席左側から身を乗り出して原告に謝罪し、気を取り直して運転してくれるよう頼んだ際、原告が、近藤記者の方に左手を伸ばして近藤記者のネクタイをつかみ、引っ張ったことを否認する。

しかしながら、まず、原告が「近藤、降りろ、もう我慢できない。」等と興奮して怒鳴ったことについては、原告が平成八年四月六日に松本所長に提出した本件トラブルに関する報告書(<証拠略>)に、原告が近藤記者に対し、「こんな気持で仕事出来ないから車から降りて下さい」と言ったことが記載されている。この記載によれば、穏やかな表現を使ったことになっているものの、原告が近藤記者に対して下車を求めたことは、原告が本件トラブル直後に自認していたことになる。原告本人は、原告本人尋問においても、原告が近藤記者に対し、「こういう状態では運転できません。」と言ったと供述しており、表現はともかくとして本件トラブル当時の原告の心理状態が表われている。原告の興奮の程度が著しかったことを物語っている。近藤記者が、ユー・ターン禁止区域であるにもかかわらず、原告がユー・ターンしなかったことに関して不満を述べ、また、自分で社旗を外しておきながら、「社旗を取られたのも知らないで運転して、社旗を取られたらどうなるか知っているのか。」等と原告をとがめるようなことを言い、さらに、原告に喫煙の習慣がないのに、タバコを吸っていたと言い張っていることから、原告は、近藤記者が言い掛かりを付けようとしていると受け止めて憤激し、走行をやめて車を左の道路脇に止めるに及んでいるのであるから、原告が興奮の余り、怒鳴ったり、過激な言葉を発したとしても何ら不自然ではない。

以上のように、原告が近藤記者の度重なる理不尽な言葉に憤激して停車させ、近藤記者に下車するよう強く求めたことは十分認定できるのであり、これに、証人近藤豊和の供述書(尋問に代わる書面)を併せて考えれば、原告が近藤記者に対し、「近藤、降りろ、もう我慢できない。」等と、興奮して怒鳴り、強い口調で下車を要求した事実を認めることができる。この認定に反する(証拠略)の各記載部分及び原告本人の供述部分は採用することができない。

次に、原告が近藤記者に対して暴行を働いたことについては、前記のとおり、原告が近藤記者の度重なる理不尽な言葉に憤激して停車させ、「近藤、降りろ、もう我慢できない。」等と興奮して怒鳴ったことの事実に、証人近藤豊和の供述書(尋問に代わる書面)の記載を併せて考えれば、近藤記者が後部座席左側から身を乗り出して原告に謝罪し、気を取り直して運転してくれるよう頼んだ際、原告が、近藤記者の方に左手を延ばして近藤記者のネクタイをつかんだため、近藤記者か引っ張られたことの事実を推認することができる。

たしかに、証人近藤豊和の供述書(尋問に代わる書面)の記載中には、「原告に謝罪し、気を直してくれるように再三にわたって頼みました。その際、運転席の原告の方に、私が身を寄せたて頼んだことから、私のネクタイの先を勢い余った原告の手がつかむような動作になり、多少引っぱられる形になりました。」との部分があり、「原告が私の胸倉をつかんだり、私を自動車から引きずり降ろそうとしたことはありません。」との部分もあって、これらの記載は、原告が意識的に暴力を加えたわけではないという趣旨を含んでいる。他方、(証拠略)の記載中には、「この時近藤記者が身を乗り出してきたので反射的にそれを防ごうとして近藤記者の方に手を出して押した形になったと思います。しかし、少なくとも私は近藤記者の胸倉を掴んだりネクタイを掴んだりはしていません。」との部分があり、原告本人の供述中には、「私が近藤記者の胸倉を掴んだり、ネクタイを掴んだことはありません。私が近藤記者の手に触れたのは、近藤記者が運転席の方に顔を出してきたので、咄嗟にあぶないと思って、つまり防ごうとして、私は、左腕を真横に水平な形で手を延ばしたのです。私が近藤記者を掴んだり押したこともありません。ただ、近藤記者が顔を出したのと、私が手を延ばしたのが同時であれば、当たったかもしれません。」との部分があって、これらの趣旨も、原告が意識的に暴力を加えたわけではないというにある。このように、証人近藤豊和の供述書(尋問に代わる書面)の前記記載部分と、(証拠略)の前記記載部分及び原告本人の前記供述部分とは、原告が意識的に暴力を加えたわけではないという点で一致しているかのようである。

しかしながら、証人近藤豊和の供述書(尋問に代わる書面)の前記記載部分は、近藤記者のネクタイの先を原告の手がつかむような動作になったこと、近藤記者が(程度はともかくとして)引っぱられたことをも意味しているのであって、(証拠略)の「近藤記者の方に手を出して押した形になったと思います。しかし、少なくとも私は近藤記者の胸倉を掴んだりネクタイを掴んだりはしていません。」との記載部分や、原告本人の「私が近藤記者の胸倉を掴んだり、ネクタイを掴んだことはありません。私が近藤記者の手に触れたのは、近藤記者が運転席の方に顔を出してきたので、咄嗟にあぶないと思って、つまり防ごうとして、私は、左腕を真横に水平な形で手を延ばしたのです。(中略)当たったかもしれません。」という供述部分とは、近藤記者のネクタイの先を原告の手がつかむような動作になって近藤記者が(程度はともかくとして)引っぱられたことになったか否かの点において重要な相違があるものといわなければならないから、まず、この点について判断する必要がある。前記のとおり、近藤記者は、平成八年四月四日ころ、被告のハイヤーの別の運転手(木村岳)の運転する車に乗車中、聞かれるままに本件トラブルについて話をし、自分が言い過ぎたことを認めるとともに、原告が大声を上げて下車を要求し、近藤記者のネクタイをつかんだ旨を述べたが、(証拠略)によれば、松本所長は、同月四日木村岳からその話を聞き、同月五日原告が仕事から帰社すると、すぐ本件トラブルについての報告書を提出するよう求める一方で、同月六日付けで、木村岳が近藤記者から聞いた話を報告書(<証拠略>)にまとめたこと、原告は自宅で本件トラブルに関する報告書(<証拠略>)を書いて同月六日に松本所長にこの報告書を提出したが、この報告書には、原告が近藤記者に対して下車を求めたこと等の記載はあるものの、原告が近藤記者の方に手を出して押した形になった等の記載は全くないこと、以上の事実が認められ、これらの事実によれば、近藤記者は、本件トラブル直後から、原告が近藤記者のネクタイの先を手でつかむような動作になり、近藤記者が引っぱられたことを述べていたのであって、その内容は、外形的事実としては、証人近藤豊和の供述書(尋問に代わる書面)の前記記載部分と一致している。このことに、(証拠略)の前記記載部分及び原告本人の前記供述部分が、証人近藤豊和の供述書(尋問に代わる書面)の前記記載部分を受けて、弁解せざるを得なくなって事態を(ママ)説明をしているとの観があることをも併せて考えると、外形的には、証人近藤豊和の供述書(尋問に代わる書面)の示すように、近藤記者のネクタイの先を原告の手がつかむような動作になって近藤記者が(程度はともかくとして)引っぱられたことになったことの事実を認めることができる。

この事実は、外形的には、原告が、近藤記者の方に左手を伸ばして故意に近藤記者のネクタイをつかみ、引っ張ったことと変わらないから、原告が近藤記者の方に左手を伸ばした理由次第で意識的な暴行であったか否かが決まるものということができる。この点に関する原告の説明は、近藤記者が身を乗り出してきたので反射的にそれを防ごうとして近藤記者の方に手を出して押した形になった(<証拠略>)、近藤記者が運転席の方に顔を出してきたので、咄嗟にあぶないと思い、防ごうとして、左腕を真横に水平な形で手を延ばした(原告本人)というのであるが、原告本人尋問の結果によれば、近藤記者は、手を合わせる動作をして、腰を浮かせて顔を運転席に近づけ、何とか運転してほしいと頼んできたのであり、原告は、そのことを十分認識しており、近藤記者から殴られそうになる等の暴行を受けかねない状況ではないのに、手を出したことが認められるから、この事実に照らすと、原告の前記説明は十分合理的なものとはいえず、意識的な暴行ではなかった旨の前記各証拠は、たやすく採用することができない。そうすると、前記のとおり、原告が近藤記者の度重なる理不尽な言葉に憤激して停車させ、「近藤、降りろ、もう我慢できない。」等と興奮して怒鳴ったことに加え、近藤記者のネクタイの先を原告の手がつかむような動作になったこと、近藤記者が(程度はともかくとして)引っぱられたことを併せて考えれば、原告が、近藤記者の方に左手を延ばして近藤記者のネクタイをつかんだため、近藤記者が引っ張られたことの事実を推認することができる。

前記のとおり、原告は、「近藤、降りろ、もう我慢できない。」等と興奮して怒鳴り、近藤記者の方に左手を延ばして近藤記者のネクタイをつかみ、引っ張った後も、近藤記者がなおも法務省へ行ってくれるよう頼むので、近藤記者に産経新聞東京本社自動車課に電話をかけさせ、「運転手を怒らせてしまった。」と言わせた後、電話を代わり、同自動車課担当者の求めに応じ、取りあえず千駄ケ谷まで行くことを了承している。また、同日深夜多摩にある近藤記者の自宅まで近藤記者を運送し、業務を終えた後、原告は、産経新聞東京本社自動車課に立ち寄り、鈴木に自分の立場から本件トラブルを説明し、鈴木から、当分の間近藤記者には他の者を回し、原告には別の記者を当てるようにする等との話を聞いた後、帰社している。これらの原告の行動は、本件トラブルの実態が単なるトラブルでは済まされない、容易ならざるものであったことを物語っているのであり、原告自身、重大なことをしてしまったという認識があったからこそ、そのことによって自らが厳しく責任を追及される事態に至らないよう、右のような措置を執ったものと推認することができる。他方、近藤記者が、本件トラブル後、産経新聞東京本社自動車課の担当者に対し、「トラブルのことを思い出すと、気分が悪くなり、仕事もうまくいかなくなる。相手の運転手(原告)も嫌な思いをするだろうから、私のところには原告運転のハイヤーを配車しないで欲しい」と求めたことは前記のとおりであり、近藤記者のこの言動も、本件トラブルの実態が単なるトラブルでは済まされない、容易ならざるものであったことを示している。以上の事実も、原告が、「近藤、降りろ、もう我慢できない。」等と興奮して怒鳴り、また、近藤記者の方に左手を延ばして近藤記者のネクタイをつかみ、引っ張ったことの、前記の認定及び推認を補強するものである。

三  本件職種変更処分についての原告の同意について(抗弁1)

右二の事実によれば、原告は、近藤記者に言い掛かりを付けられていると受け止めて憤激し、車を左の道路脇にとめて、「近藤、降りろ、もう我慢できない。」等と、興奮して怒鳴った上、近藤記者が原告に謝罪し、気を取り直して運転してくれるよう再三にわたって頼み、後部座席左側から身を乗り出して運転してくれるよう頼んだ際、近藤記者の方に左手を延ばして近藤記者のネクタイをつかんだため、近藤記者が引っ張られたのであって、それまでの近藤記者の言動が理不尽なものであり、原告に同情すべき事情が相当あることを考えても、原告が前記のとおり興奮しての言動に及んだことは、経験豊富なハイヤー乗務員として、絶対に避けなければならなかったものであるといわざるを得ない。被告が、以後のトラブル再発の危険を懸念して、接客態度に十分注意しなければならないハイヤー乗務員としては不適格であると判断し、あるいは、これに準じて接客態度に十分注意しなければならないタクシー乗務員としても不適格であると判断したとしてもやむを得ないものである。したがって、被告が、本来ならば解雇も考えられるところであるとしつつ、本件職種変更処分にとどめることとし、これを命じた判断に、行き過ぎがあるということはできない。また、原告も、本件トラブル直後は事の重大性を十分認識していたからこそ、本件職種変更処分を甘んじて受け、整備工見習いとして改めて労働契約を締結することを了承し、平成八年四月一七日付け労働契約書(<証拠略>)に署名捺印して、同日、被告との間で、職種を整備工見習いとする労働契約を改めて締結し、その後一年半の間整備工見習いの職務に従事し、定年退職して本件訴訟を提起するまで、格別法的措置を執らなかったのであって、以上に加え、証人喜田孝太郎の証言を併せて考えれば、原告は、同日、本件職種変更処分に同意したものということができる。

四  本件職種変更処分についての原告の同意に関する詐欺、強迫、錯誤(再抗弁1)について

(証拠略)及び原告本人尋問の結果によれば、被告の喜田常務が、原告に対し、本件職種変更処分を告知するに際し、「整備工場の見習いしかない、それがいやなら解雇する」旨告げたことを認めることができるが、右三で述べた本件トラブルにおける原告の言動が、ハイヤー乗務員としての適格性に重大な疑問を生じさせるものであったことからすれば、被告が、本来ならば解雇も考えられるところであるとしつつ、本件職種変更処分にとどめることとし、これを命じた判断に、行き過ぎがあるということはできないし、また、原告も、本件トラブル直後は事の重大性を十分認識していたからこそ、本件職種変更処分を甘んじて受け、整備工見習いとして改めて労働契約を締結することを了承し、平成八年四月一七日付け労働契約書(<証拠略>)に署名捺印して、同日、被告との間で、職種を整備工見習いとする労働契約を改めて締結したものであるから、被告が、本来解雇すべき理由がないにもかかわらず、これがあるもののように装い、原告をして整備工見習いを選ぶほかないものと誤信させ、かつ、原告を畏怖させて、職種変更について原告に同意する旨の意思表示をさせたものということはできないし、右同意が原告の錯誤によるものということもできない。

よって、原告の再抗弁1は理由がない。

五  結論

そうすると、原告は本件職種変更処分に同意したのであり、かつ、その同意は有効な同意であったというべきである。よって、その余の点について判断するまでもなく、原告の主位的請求も予備的請求も理由がないから、失当としてこれらを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 髙世三郎)

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